Document #1 管でできた世界


 チエが<外の世界>を見たいと言ったのは、五年生の三学期。
 あまりに突飛な発言だったため、ヒカルとバイオは度肝を抜かれた。
 <外>なんて考えたこともなかったし、存在自体を感じたこともない。それについて知っている人なんているわけもない。
 だから、ヒカルとバイオは、自分たち二人以外には“外の世界を見たい”なんて絶対に言わないように、とチエに注意した。
 チエの“外を見たい願望”を知っているのは、ヒカル、バイオ、二人に注意される前に話したヒロキと、クラスメートの<ふしぎ研究家>の少女ワカナだけだ。

 チエは自分の家の前に立った。自動扉がすぐに開く。
「ただいまー」
「おせーよねーちゃん」
「あんたが早いよ!」
 ヒロキは既に家についており、宿題をはじめていた。
 チエはすぐにパソコンの前の椅子に座った。
「さーて、検索、検索っと」
 チエはキーボードをたたき出した。キーボードにも色々モデルがあるが、チエは昔ながらのこの型が一番気に入っている。押してへこむ、この感触が大好きだからだ。
 検索サイトにアクセスし、“チューブの外”と入力した。検索語句は、毎日少しずつ変わる。
「ムリだと思うけどなー」
「黙っとけ」
「はい……」
 しばらくチエを眺めていたヒロキだが、すぐまた宿題にもどった。
 検索結果が画面に出た。
(これは違う、これも違う)
「……やっぱない」
 チエはひどく落胆した。いつものことではあるが。
「ほれみろ! 外の世界について説明してるサイトなんてあるわけねーだろ!」
 ヒロキのきつい一言がささった。
「ぐぬぬ……絶対、見つけてやるもんね!」
 チエは指をよりいっそう早く動かした。少しずつ検索語句を変えていく。
(大丈夫、ご飯とお風呂の時にはさすがにやめるけど、十時くらいならお母さんも怒らないし)
 ……午後十時。
「そろそろ寝なさいねー」
「うん、あとちょっとだから」
 午後十一時。
「寝なさい!」
「あとちょっと!」
 午前零時。
「――!!」
「――――」

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