Document #1 管でできた世界


<<朝になりました。公共チューブ内の照明を明るくします。朝の準備をはじめましょう>>
 いつもの朝の放送が流れた。公共チューブとは、私有地でないチューブのことで、一般的には家のすぐ前のチューブ以外をさす。
チエはげっそりしていた。一応、少しは寝たが、数時間ねばって何も見つけることができなかったショックは大きかった。
(まあいっか、今日学校休みだし……ラジオ体操行こ)
 チエは備え付けのクロゼットに手をのばし、半そでのシャツを出した。その時。
 机の画面―<オンダデスク キッズ版ver.7.6>からエラー音がなり、警告の文が出てきた。画面はマップ機能にきりかわっていた。チエは警告のフレームを消した。
 マップ機能の誤作動だろうか。いつもは行かないエリアのマップが出てきていた。
 マップ機能は、<オンダデスク>にはじめからついている<アプリ>のひとつで、<キッズ版>だと隣の市までのマップを見ることができる。
 チエの<オンダデスク>に突如現れたマップは奇妙なものだった。
 I27エリアあたりにある、家と認識される<間>。その家の廊下らしき横長のチューブをたどると波線があり、その先に、恐らくその家の敷地内である<間>があることがわかるのだが、その<間>がテレビの砂嵐のようになっていて、きれいにうつっていないのだ。
 おまけに、この縦長の波線だ。カットされている場所があるのだろうか。
「何だろ、ここ。何でこんな画面がいきなり……波線とグチャグチャも、なんか気になるな、よし」
 行ってみよう。
 気になることはその場解決。それがチエのポリシーだった。
 I27エリアまで行って、例の場所を見つけた。そこは確かに家だった。
 だが、そこもまた奇妙だった。
 家の前のチューブは、家主の敷地内であるため、自由にコーディネートすることができる。だがそのデザインがおかしいのだ。決して悪いというわけではないのだが。
 ごつごつした茶色っぽい棒に、ふさふさした緑色の塊。赤くて放射線状に広がってまたしぼんでいるもの。これらは一体何だろうか。こういうものを好む芸術家の家なのだろうか。
「誰だ!?」
(ひゃっ!)
 扉から声がした。
(み……見えてるの?)
「お前、何か知りたいことがあってここに来たんだろう。何だ」
(知りたいこと?)
 チエが今知りたいことといえば、あれしかなかった。思ったことを思ったままに言った。
「私が今知りたいのは、<外の世界>のこと、ただ一つです」
「<外の世界>だと!?」
 いきなり扉の声が大きくなった。
 チエは後ずさりした。まだここにいていいのだろうか。
「あの、わかりませんよね、やっぱり。いきなりすみませんがもう帰」
「待て」
 低い声が呼び止めた。さっきより声が人間らしいと思った。どうやら老人の声のようだ。
「資料を整理しておくから、また三日後来なさい」
 三日後。火曜日だ。
 チエは手にぐっと力を入れた。
(<外の……世界……>。ここの人、なんかすごくうさんくさそうだけど、でも……)
「わかりました。ありがとうございました!」
 チエはすぐにきびすを返した。そして走り出していた。
(……ドアの向こうの人は何を知ってるの? どうして知ったの? いろいろわからないことはあるけど……)
 チエが完全に去った後、扉の向こうの老人は独り言をつぶやいた。
「久しぶりの、お客さんだったなぁ」

 ――<外の世界>について知れる場所は、もう、ここしかない。

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