Document #1 管でできた世界


「遅い!」
 JPN-I地区アプリ部部長、エリが言った。
「まったく、チエは! 最近ずっと遅刻!」
「一体、どこで何をやってるんでしょうねー」
 完全に頭に血がのぼっているエリと比べ、隣に座っている副部長ジオは冷静だ。いや、冷静というよりは、只暢気なだけなのかもしれない。
「ヒカル! バイオ! 何か聞いてないのかい?」
 エリは、チエと同じ小学六年生の部員、ヒカルとバイオに訊いた。
「あ、あの、学校で今日は来るのか訊きました。その時は今日もちゃんと来るって言ってましたが」
 ヒカルが答え、その隣でバイオが何回かうなずいた。
「じゃあなんでっ……」
「みんなー! 遅くなってごめーん!」
 住宅街側のチューブから少女の声が聞こえてきた。
「チエ! ヒロキも!」
 チエは、そのままアプリ部の活動場所であるJPN-I12広場にかけてきた。後ろにはチエの弟ヒロキもいるが、ヒロキはかなり息が乱れていた。
「ねーちゃん全然部屋から出てこないんで、今日も苦労しましたよー」
「ひきこもりになるなよー」
 ヒロキのいつもの言い訳を聞いてバイオがそう言った。
「わかってるって!」
 これで部員は全員揃った。部員はエリに注目した。
「よし、早速だ。ルミナ、<請願書>は書けたか?」
「もちろんです」
 アプリ部最年少、小学四年生のルミナが前へ出た。四年生の部員は、彼女とヒロキだけであるが、アプリ部はどの学年も二、三人ずつしかいないから普通のことだ。
「来たる<オンダデスク キッズ版ver.7.7>のリリースに向けて急がなきゃなりませんから。コピーしたんでみんなで見てください」
 そう言ってルミナは、<請願書>のコピー六部をエリに渡した。
 エリは学年ごとに一部ずつ配布する。アプリ部は、小学四、五、六年生と中学生三学年による部であり、学校ではなく地方自治体が運営している。
 各学年の部員のひとりが目を通すと、同じ学年の部員にまわす。最年少で読むのが遅いヒロキは誰にもまわさなくて良いため、じっくり読んだ。
「読みやすい! 字のきれいなルミナに頼んで正解だったよ」
「誤字脱字もないし文法的に間違ってるところもないな」
 エリとジェオが言った。
「みんな、これでいい?」
「異議なーし」
「よし。それじゃ、ルミナ、合格」
 ルミナはにんまりと笑った。それから、<請願書>の原稿をエリに渡した。
「それじゃ、<請願書>はアタシが出しておくから。今日はこれにて解散」
「おつかれっすー」
 そう言ったのは中学一年生のユキオだった。
 皆住宅地側のチューブへ入り、そこから家に向かってちりぢりになる。
「なんか、活動よりチエ待ってる時間の方が長かったような……ね、ジオ……」
「言わないでください、エリ部長」



「オレたちは知ってんだからなー。お前が部屋にこもって何やってんのか!」
 チエ、ヒカル、バイオは家も近い幼馴染である。登下校やアプリ部から帰る時はいつも一緒だった。
「あ、やっぱバレてた?」
「あれ以外何があるのさ」
 ヒカルが二人の前に出た。
「<外の世界>のことでしょ」
 ヒカルは、それをいかにもつまらなそうなもののように言った。チエは敢えてそこを無視して、
「おっ、さっすがヒカル、よっくわかってんじゃん!」
 と返した。
「ただ、今日も何にもわかんなかったけどね。結構大変だよ」
 <外の世界>というのは、読んで字のごとく、外のことである。<チューブ>と<間>で構成されているこの世界の外。
「なんでそんなに<外>へ行きたいんだ? <外>は危険な場所かもしれない」
 バイオはそう言ってつばを飲み込んだ。
「それに私たち、ずっとここで暮らしてるし、今さら見たいとは思わないよ」
 ヒカルもバイオに続いた。
「そっか。あんたたちなら、わかってくれると思ったんだけどな」
 チエが静かにつぶやいた。そこでT字チューブについた。
「よし、ここでお別れだね。それじゃ、また月曜日ね!」
「あ、チエッ!」
 ヒカルとバイオは、しばらくチエの後姿を見ていた。

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