+ 6 - 貫きたい想い +


「ええ。私よ。モエに訊いたの?」
「君の父に会った」
「お父さんに……」
 ルリは黙る。僕もしくじったと思い俯いた。
「いいのよ。……私ね、はじめは普通の人間だと思ってた。これは本当なの。モエのために作られたオルゴールだっていうことは、後から少しずつ知ったんだけど」
 あまり信じたくない事実が横たわる。ルリは続ける。
「父は、上手く歌えてあたりまえの私を褒めて、ルリみたいになってみろって、モエに言ったわ。モエも私に負けることが悔しかったんでしょう、すごく真剣に歌に取り組んだ。そして、上手く歌えるようになると、父は彼女を褒めた。私は、モエを褒めるために褒められていたの。それで、何ヶ月か前に、お前はもう用済みだからって言われて、ショックだったけどそれでいいって思った。モエのためのオルゴールなら、モエのために閉じると。だから静かに蓋を閉じて、死んだということにしたかったのに、モエがその現場を見て、私の正体について知ってしまった」
 ルリはかなり辛そうな顔になった。オルゴールだからなのか、涙は出ない。僕はそっと彼女に寄り添う。また冷たさが伝わった。今はそれすら愛おしい。
「それで、たまらなくなって逃げ出してしまった。それから私は、蓋を閉じる前にどうしてもモエともう一度会いたいと思って、でももう、普通に会うことはできなくて。その時、セイレーンと光のコンポーザー、そしてオルゴールのことを思い出した……」
 モエは僕が渡したノートをぎゅっと握り締める。だいぶ黄ばんでいるから、これもダメージになる。ページがパラパラと抜けていくのも時間の問題だろう。
「この曲を妹さんにあげたら、ルリはどうするんだ?」
「……誰もいないところで、そっと、蓋を閉じる。何か曲を聴いていないと死んでしまう。森の中がいいわ」 「そんな」
「私もう充分生きたと思うの。これからもずっと生きていくあなたやモエにとっては、おかしなことに聞こえるかもしれないけど。モエのために生きて、モエのために死ぬ。数ヶ月前にできなかったことを成し遂げるだけなの。モット素敵なやり方でね」
 この覚悟。僕がいつかこの世からいなくなる時、こんなに凛としていられるだろうか。
 不思議な人だ。人と呼ぶべきじゃないかもしれないけれど、少なくとも僕と彼女の間では、その言葉を使っても問題がないように思う。
「それじゃあ、ピアノがある部屋に向かいましょう。大丈夫、モエはちゃんと来れる。だからここで待っててくれない? ここに来たモエを、ピアノ教室まで案内するのはあなたの役目」
「……わかった」
 ルリは作曲ノートを両手で持って、校舎へ向かって走った。

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