「友達が、歌っていました」
僕は身の危険を感じつつも、そう答えた。
「友達というのは?」
「なんでそれを」
「答えろ!」
「……ルリ」
何となく、言ってはいけないような気がした名前を言う。
「やはりか……! あいつめ、外ではその旋律を歌わないようにとあれほど!」
そこで男性は、僕の肩から手を引いた。
「ヤツも所詮は駒……まぁ、脱走してしまったがな。用済みだから追うこともないが」
「ちょっと! お父さんやめてよ!」
背後から、もう一人の登場人物が、中年男性の腕を掴んだ。モエだ。
モエは僕に気づく。お父さんと呼ばれた男性の会話の相手が僕だとは思わなかったらしく、目をむいた。
「と、トニー……さん」
「お前も知っているのか? 全く、いつも家に引きこもっているくせに……せっかく私がルリを開発したんだ、また歌の練習をしてくれ」
「できるわけないでしょ! 私、ずっとルリのこと、双子の姉だと思ってたのよ……!」
夜道でぎゃあぎゃあ叫ぶ父娘を見て、驚きのあまり僕は何も言えなかった。
彼らの言っていることの全てが理解できるわけではない。でも、理解できた箇所は、いずれも今までの出来事と矛盾しないのだ。
「これからもこんなことがあると厄介だな……とにかく、モエ、お前はこいつとは関わらないでくれ」
そのまま、中年男性は大またで歩き出した。モエは彼について行きつつ、たまに僕のほうを振り返った。
仕上げないと。早く仕上げないと。
男性の、これからもこんなことがあると厄介だな、という言葉が妙に気がかりだ。ルリを追いはじめ、それから……あまり想像したくない。
メロディを繋げ、伴奏を考える。ピアノ伴奏なんてもちろん苦手だけど。
月明かりが僕を照らし続けた。何度か寝てしまっても、また起きて書く。その繰り返しだった。
東の空が明るい。僕は何度も何度も見返した。ヘッドホンをつけて、何度も何度も弾いた。
「できた……」
時間がない。ルリに会わないと。
よく考えると、今までも、ルリに会いたいと思った時に、彼女は僕の前に現れた、気がする。
作曲のことで訊きたいことがあった時。モエさんと出会った時。
それから、くじけそうになった時。
そう思い返してみると、はじめは、孤独な夜だった。
あの場所へ向かう。やはりルリはそこにいた。
一度目は夜、二度目は夕方、そして今日は早朝。
「ルリ! できたよ!」
「えっ……私もきっと今日だと思って……」
そこで、大時計が朝六時を告げた。夜中は動かないからくりが一日ではじめて動き出す瞬間。
人形たちの小さな舞台が終わって、僕は再びルリの方を向いた。
「やっぱり、君がオルゴール……」
セイレーンと光のコンポーザー。
二人はオルゴールを通して出会う。
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