第三話


「コウタ、おはよう! どう? 昨日はよく眠れた?」
「よくそんな質問できるな、お前!」
 俺は今、すげー虫の居所が悪い。
「ご、ごめんって」
「うっせー!!」
 あんなところで眠れる奴は、もう地球外生命体レベルなのではないだろうか。結局、掃除に一夜使ってしまった。
「はい、ゴミ袋! このくらい自分でやれよ!」
「へ? ここは他のどの土地とも交わらない場所だから、ゴミ袋なんて言われても困るんだけど」
「なっ……なら自分で燃やせ!」
「え、でも……」
「早く!!」
「は、はい……」
 ミサキも、俺の機嫌が思ったより悪いことを察したようだ。さっとゴミ袋を取ると、外に出て行った。
 とにかく、これで今日八時に寝れば、ミサキと子供たちと生活サイクルが同じになるだろう。昼寝はしないようにしないと。



 コウタはものすごく機嫌が悪かった。
 ごめんね……と心で謝りながら、私はゴミを燃やした。できれば高温で燃やせる焼却炉がほしいところなんだけど。
 プラスチックは燃やすと有毒なガスが出るから、はじめに取り除いておいた。
 この幼稚園は、世の中で普通に生きている人間はここの存在を知らない。だからゴミ収集車が来ることはない。来るわけない。
 だから、こうやって自分たちで処理したり、再利用したりしなきゃいけない。
 でも。
 私は、ズボラなのだ。
 でも、「だってズボラなんだもん」と言い訳することはできない。
 どうせならコウタに、ゴミの処理法についての授業をさせて、子供たちに処理してもらおうか。
 こういうことを考えると、自分がつくづくズボラであることが思い知らされる。
「よし、処理完了! お昼ごはんを作りに行かないと」
 今日は体育の授業をやってほしいとミサキに頼まれていた。
 体育なんて広い場所を要する授業を、どうやってすればいいのかと悩んだが、驚いたことに、朝起きると、園庭と畑が見えるようになっていた。



 昨日は霧に囲まれていた場所なのに、なぜだ?
 とにかく園庭があれば、“なかあて”くらいはできる。俺は子供たちを園庭に誘導した。
「今日は“なかあて”をやります」
「えー、嫌だ!」
「なんでー? かくれんぼやろうよー! ミサキおねーちゃんはやらせてくれるよ!」
 “なかあて”でいいよと言う子ももちろんいるわけだが、反発する奴の声のほうがやたら耳に入った。
 それにしても、ミサキの奴は、体育と称してかくれんぼをさせていたのか。
「そりゃ“なかあて”とか体育が苦手な子だっていると思うけど、とにかく一度やってみようよ」
 “なかあて”が嫌いな子は、あてられたら痛いからという理由の子がほとんどであった。そのため、好きな子に説得して、まず好きな子に内野にいかせた。
「頭はあてちゃだめだよ。よし、それじゃ、はじめ!」
「へへーん、こんなのあたらないよーだ」
 さすがに、運動がわりと得意な内野メンバーと、運動が苦手な外野メンバーでは差が出る。
 外野メンバーのひょろひょろのたまなんかすぐによけられるだろう。
「つまんない!」
 女の子が言った。名札には、“まや”と書いてあった。
「ぜんぜんあたらないじゃん!」
「……」
 こんなはやくにあきらめるなよ……。面倒くさいなあ。
 まやはボールを投げた。内野側にではなく、外側にだ。
「こら! まやちゃん、だめじゃん!」
 まやの友達らしい女の子がまやのもとへかけていった。彼女――あきは、本当は結構運動が得意なのだが、まやといっしょに外野をやりたくて外野にいる。
「そうだ、コウタせんせー、お手本見せてよ」
 あきは俺のほうを向いた。
「え? 俺のお手本?」
「うん」
 お手本。たしかに必要かもしれない。
「はい、ボール」
「ありがとう」
 でも、小さな子供にボールを強くあてて大丈夫だろうか。あまり強すぎるといけないかもしれない。
 俺は、昔シンジとよくやったキャッチボールのことを思い出して投げた。
「なんだー、コウタせんせーのも、ひょろっひょろじゃん」
 内野にいた子供が言った。
「ムッ、ムカつくな……」
「おお、コウタせんせーが燃えてる!」
 あきはコウタを見上げて言った。
「なんだ、あなたもできないのね」
 そう言ったのはまやだった。内野の奴よりもムカつくかもしれない。
「ええい! もっかいかせー!」
「はい、せんせー」
 子供たちももう一度コウタに投げて欲しいらしい。
「よーし、こんどはまっすぐに……」
 パンッ! ……ダンッダンッ……。
 ボールは、内野にいたミノルの足にあたった。
「くっそー、でもすげーな、コウタせんせー」
「あんなの投げられたら、すごいだろーなー」
 子供たちが次々と感嘆の声を漏らした。
 だが、まやは例外だった。
「確かにすごいけど、そんなことあたしにはできないもん。やっぱり“なかあて”なんて、つまんないー」
 まやは相変わらずふてくされている。
 まやは、何でもできないと満足できないタイプらしい。俺はそう思って、何も言葉をかえさなかった。
 だが、あきは言葉を返した。
「こらっ! まやちゃん! どうしてそんなことしか言えないの? コウタせんせーは、きっとたくさん練習したんだよ。まやだってきっとできるようになるよ」
 あきはしっかりした子だ。何故まやと友達なのかよくわからないくらいだ。
「おれもコウタせんせーみたいに投げられるようになりたいなー。せんせー、教えてよ」
 突然ミノルが言った。
「ミノルもすっごいじゃん。ボール投げるの」
 ミノルの友達のタツキが言った。
「でも、コウタせんせーのほうがすっごいもん。どうやったらそんなふうに投げられるの?」
 ミノルは外野のほうにやってきた。ミノルは俺を、まやはミノルを見ている。
「ちょっと、ミノルくん、いきなり何よ」
「まやだってほんとはすっごいの投げたいんだろ? だから一緒に教えてもらおうよ」
 良いボールの投げ方……投げ方……。正直、つま先を敵の方に向けて、腕を振る……としか説明ができないのだが。まやたちはそこからできていないから、それでもいいのかもしれない。
「俺は教えてやってもいいよ」
「やったー!」
「えー? ミノルくんとまやちゃんだけ? ずるーい!」
「ずるーい!」
 周りでブーイングがおこった。
「まあまあ、皆に教えてやるから! なっ!」
「わーい!」

 それから、俺による“ボール投げ講座”がはじまった。ミノルのボールは強く、まやのボールは正確になった。
「ちょっと投げられるようになったけど、コウタせんせーほどじゃない……」
「大丈夫だよ、とにかく毎日練習あるのみ! 俺だって、小学生の頃は結構苦手だったんだぞ」
 それを聞いたまやは、少しはにかんだ……気がした。