第一話


 確か待ち合わせって、駅だったよな? 俺、そっちの方に歩いていったよな?
 じゃあなんで? なんでこんなところにいるんだ?

 ……待てよ。もう一度ちゃんと考えてみよう。
 俺コウタは、友達とカラオケに行くために待ち合わせ場所の駅に向かったはずだ。
 ずっと下向いて歩いてたから、どっか道間違えたのだろうか、と思って引き返そうとも思ったが。
 なぜか、周りは霧だらけで、引き返そうにも引き返せない。
「やべっ、どうすんだよこれ……とりあえずシンジたちにメールだな……」
 俺はこの時ほどケータイを持っていてよかったと思ったことは過去にない。なかったはずが。ケータイは俺のあせりをあざ笑った。ケータイは圏外だったのだ。
「こんちくしょう、どーすりゃいいってんだよー!」

   そして、今に至る。
 ひょっとしてカラオケになんか行きたくないと思っていたから……いや、俺が適当に生きていたことに対するばちなのだろうか、これは。
 ほんとうはいつも一人ぼっちで。シンジとは仲がいいけれど、心から友達だと思ったことはないし。そういううわべだけの友情で満足していたからばちが当たったのだろうか。ばちが当たるって知ってたら、もっとちゃんと生きていたかもしれない。
 などと、この運命を自分の最期のように考えていた時、背後から声が聞こえてきた。
「あんた……何やってんの?」
 ん? 人? 人!
 俺はその声にすぐ振り返った。俺と同い歳くらいの少女であった。高い位置でくくったポニーテールが、肩までとどいている。
 さっきまで霧だらけだった場所には、建物が建っている。壁にゾウやウサギのファンシーな絵が描いてあるということは、ここは幼稚園か保育園であろうか。
「ひょっとしてあんた……迷い人?」
「は?」
「まあ、ここにいるってことは、迷い人以外にありえないってことだけどさ」
「あの、その迷い人っていうのは……」
「あんた、何も考えずに道歩いてたでしょ? そしてここにやってきた、と」
 何も考えずに道歩いてたでしょ? という言葉は当たっていた。俺は道を歩いている時、本当に何も考えていなかった。
「な、何でわかるんだよ!」
「ここに来る人は、みんなそんな人だからよ」
「そんな人って……」
 俺がそう言いかけた時、建物から高い声がもれてきた。声の主はひょっこりと建物から出てきた。数人の小さな子供のようだ。
「ミサキおねーちゃん、どうしたの? その人誰?」
「うーん、私もまだよく分からないんだけど、あんた、名前は?」
「ミサキってお前の名前だよな? 俺はコウタだけど」
「へえ、コウタっていうんだー!」
「わーい、コウタおにいちゃんー!」
 子供たちがいきなり群がってきた。や、やめてくれ、俺、小さな子供は苦手なんだー!
「どうやらなつかれちゃったみたいね」
 そんなこと言ってないで、助けてくれよー!
「あれ? 子供苦手? なんかあとずさってるよね」
「に、苦手だよ! 水ぶっかけてくるし、物は壊すし!」
「そんなの可愛いいたずらじゃない。ここの子たちはみんな優しくて元気な子たちよ。今あんたの足下にいるミノルは、『たかいたかい』が好きなのよ」
「……」
 子供は顔は可愛い。でも行動は嫌いだ。中学校がだるくても、幼稚園児には戻りたくない。
「コウタおにいちゃん、『たかいたかい』やってー!」
「……」
 俺は、ミノルの腰に手をまわして、ミノルをそっと持ち上げた。
「た、たかいたかいー」
「わーい!」
 ミノルは幸せそうな顔をしている。その顔を見ると、俺も悪い気はしない。
「すごいよ、ミサキおねーちゃんのより上にいけるよ!」
「いいなー、あたしにもやってー!」
「んぎゃー!」
 子供たちは一列にならんで、俺の顔をじっと見ている。
「しょ、しょーがねーな! 一度だけだぞ!」
 疲れた汗なのか冷や汗なのかよく分からない汗がしたたる俺の顔を、ミサキは笑顔で見ていた。
「ねえ、ミサキおねーちゃん。コウタおにいちゃん、ずっとここにいるの?」
 一人の女の子がミサキに訊ねた。俺は別にいる気はないが。
「迷い人だからコウタは元の場所に戻れないの。だからしばらくはここにいてもいいとは思うけど」
 そう言ってミサキは俺の顔を見た。
「戻れるまでは、ここにいてもいいよ。ただし、ちゃんと働かなきゃいけないけどね」
「なにー!?」
「あたりまえでしょ。あなた帰れないし、かといってただでここにおいてやるわけにもいかないでしょ」
「うっ……」
「ほらみんな。コウタは新しい先生よ。コウタ先生」
「わーい! コウタせんせー!」
 マジかよ。働くっていうから、普通の下働きかと思ったら。先生かよー!
 勘弁してくれよ!

 というわけで、何故か俺はここにとどまることにした。
 帰る場所はいつかわかる、とミサキも言っている。
 それにしても今日はよく叫んだ。新鮮な一日だった。
 もしここでの生活で『適当な生活』に終止符を打てる日がくるのだとしたら。
 その時、俺はどうなっているのだろう。